手放した瞬間に聞こえてきた本当の声──習慣を崩すことで見える自分の真実

前回のコラムで私は、「辞めたら負け」という幻想について書いた。
過去に縛られ、選択肢が見えなくなる心のクセ。 その価値観から自由になったとき、 自分の中に新しい問いが生まれた。
「自分が続けている習慣は、本当に必要なものなのか?」
この問いは、私だけのものではないと思う。 競技を続けていると、ふと同じような迷いに立ち止まった経験がある人もいるはず。
「この習慣は本当に自分に必要なのか」 「続けている意味があるのか」
効果があるのか見えてこない。
だけど、やめるのは怖いしもったいない気がする。
そんな宙ぶらりんな状態のまま、 惰性で習慣を続けてしまうことがある。
私自身、まさにその、続ける理由が分からなくなっていった。 だけど手放す勇気もなく、 ただ「続けること」だけが目的になっていた。
そんな迷いを抱えたまま過ごしていたある時、 思い切ってその習慣を一度手放してみることにした。
続ける理由が見えなくなっていたからこそ、 崩してみることで何かが見える気がしたから。 そしてその選択が、 自分にとって本当に必要なものを知る大きなきっかけになった。
ここからは、 私が実際に習慣を手放し、 そこから何を感じ、何に気づいたのかを 競技者に向けて率直に綴っていきます。
習慣を崩した瞬間に訪れた軽さ
長く続けてきた習慣を、一度思い切って手放した。 そのとき、最初に訪れたのは意外にも軽さだった。
肩に乗っていた荷物が下りたような、 そんな感覚。
もちろん、習慣そのものが嫌だったわけではなく、むしろ続けてきた理由ははっきりしていた。
- 目標のため
- 成果のため
- 効果があると信じていたから
だけど、どこかで義務が混ざっていたのも事実。
だからこそ、手放した瞬間に感じた軽さは、義務から距離が取れた証拠でもあった。
競技者として長くやっていると、 習慣がいつの間にかやらなければいけないものに変わっていく。 その重さに気づかないまま続けてしまうことも多い。
だから、手放した瞬間に訪れる軽さは、決して悪いものではない。
むしろ、 「自分がどれだけ義務に縛られていたか」 を教えてくれるサインだったと言える。
時間が経つと、心が静かに語り始める
習慣を崩して数日、あるいは数週間が経つと、 最初の軽さは少しずつ薄れていった。
そして、気づく。
「あれ、やっぱりあの習慣の方が心地よかったな」
この感覚は、ただの慣れではなく、続けていたときには気づかなかった 心のリズムが、手放したことで見えてきた。
私はそこで初めて、 自分が続けていた習慣の本当の価値に気づけたように思う。
ではなく、
あのリズムが一番心地よかった、あのサイクルのときの幸福度が高かった
という内側の声が聞こえてきた。
これは、手放したからこそ聞こえる声だと思っている。
続けている間は、 義務や焦りや不安がその声をかき消してしまっていた。
手放すことで、 本当に必要なものが浮かび上がる。
手放すことで残ったのは、純粋なやりたいだった
習慣を崩してみて、最後に残ったのは意外にもシンプル。
「私は、あれをやりたいと思っていたんだ」
目標のためでも、 成果のためでも、 効果のためでもなく。
一度手放したからこそ、 その習慣が自分にとって本当に必要なものだと 改めてはっきり感じられた。
これは何よりも強いエネルギーだと言える。
私のコラムでは何度も出てきているけど、心理学ではこれを 内発的動機づけ と呼ぶ。
内発的動機づけは、
- 長く続く
- 心が疲れにくい
- パフォーマンスが安定する
- 自分らしさが出る
という特徴がある。
私自身、今回の経験で、 自分が続けていた習慣は 義務ではなく欲していたものだったと気づけた。
これは、大きな発見だったなと感じている。
手放すことで見えてくる本当の価値
続けている間は、 その習慣の価値が見えにくいということ。
なぜなら、 続けている間は比較対象がないから。
だけど、手放すことで初めて、 その習慣が自分にとってどれほど大切だったかがわかる。
私は今回、 手放したことで、
- 心が整う感覚
- リズムが生まれる感覚
- 自分らしさが戻る感覚
これらがどれほど大切だったかを自分自身の体験で知れた。
続けているときには気づけなかった価値が、 手放したことで鮮明に見えてきた。
義務になったら、一度手放してみるという選択
真面目な人ほど、 習慣が義務に変わりやすい。
こうした義務の層が厚くなると、本来の目的が見えなくなる。
だからこそ、今回の経験から ひとつの結論にたどり着いた。
義務になったと感じたら、一度手放してみる。
これは逃げではなく、自分を知るための実験。
そして、手放した後の自分の反応こそが、 最も信頼できる答えになるということ。
- 戻りたいと思うなら、それは本物の習慣
- 戻りたいと思わないなら、それはもう必要ない習慣
- 別のやり方が浮かぶなら、それが次のステージ
手放すことで、 未来の選択肢が広がる。
手放す勇気が未来を選び直す力になる
前回のコラムでも述べたように競技者は、 「続ける=強さ」 「やめる=弱さ」 という価値観に縛られやすい。
だけど、実際には逆。
手放す勇気がある人ほど、 未来を選び直す力を持っている。
そして、 手放した後に残ったものこそが、 自分の競技人生を支える本物になる。
終わりに
手放すことで、本当の自分が見えてくる
今回の経験を通して、私ははっきりと気づいた。
手放すという行為は、失うことではなく、 本当に必要なものだけが残るということ。
競技だけでなく、人生全体に通じる深い真理だと思う。
義務の層が剥がれ落ちたとき、 そこに残るのは、誰に求められたわけでもない 純粋な「やりたい」 だけ。
その「やりたい」は、 長く、深く、自分を支えてくれる力になる。
そして、その「やりたい」に出会うためには、 ときに 手放す勇気 が必要になるということ。
もし今、あなたが続けている習慣に迷いを感じているなら、 その迷いは決して弱さではなく、むしろ、心があなたに何かを伝えようとしているサインだと捉えてほしい。
だからこそ、一度手放してみてほしい。
崩してみることでしか見えないものがある。 距離を置いて初めて気づける本音がある。 手放した先でしか出会えない自分がいる。
未来は、続ける勇気だけでなく、 手放す勇気からも始まる。
最後までお読み頂きありがとうございました。
コラム著者