身体知は言葉より先に動く──パフォーマンスを引き出す「オノマトペ」の深層

前回のコラム【競技者の「感性」は再現性をつくる──誤差に気づきプレーを整えるための視点】では、 選手が感性を深めるための具体的アプローチとして、 オノマトペの重要性について触れた。
ただ、あのとき紹介したのは、 あくまで入口にすぎない。
オノマトペは単なる擬音語ではなく、 競技者の身体の奥に眠る 身体知(ボディナレッジ) を呼び起こすための 非常に強力なツールと言える。
身体知とは、 経験の反復によって身体の奥に沈殿していく非言語の知性のこと。 選手が「説明できないけど、なんとなく分かる」と言うとき、 その背後で働いているのが身体知。
そして、身体知は言葉を持たない。 だからこそ、 身体知を引き出すためには、身体に近い言葉が必要になる。
その役割を果たすのが、 専門用語でも、理論でもなく、 自分の中でしっくりくるオノマトペ。
今回のコラムでは、 前回触れたオノマトペの話をさらに深く掘り下げ、 身体知との関係、言語化しすぎる危険性、 そして自分の言葉を持つことの本質的な意味を探っていく。
身体知は「言葉より先に動く知性」である
競技者は、頭で考えてから動いているわけではない。 むしろ、動きの多くは 身体が先に判断し、頭があとから意味づけをしている。
たとえば、 相手の動き出しに反応するとき、 ボールの軌道を読み取るとき、 身体のバランスを微調整するとき。
これらはすべて、 身体知が瞬時に判断している。
身体知は、 「速い・遅い」「強い・弱い」といった 言語的な情報では動かない。
身体知が扱っているのは、 もっと曖昧で、もっと質感的で、 もっと身体そのものの情報。
- どこが張っているか
- どこが沈んでいるか
- どこが流れているか
- どこが止まっているか
- どこが温かいか、冷たいか
- どこが軽いか、重いか
こうした情報は、 言葉になる前の前言語的な感覚として存在している。
身体知は、 この前言語的な感覚を材料にして動きをつくる。
だから、 身体知を引き出すためには、身体に近い言葉が必要になる。
専門用語では身体知に届かない理由
多くの選手が、 動画分析やコーチングの場面で 「軸がズレている」 「重心が流れている」 「タイミングが遅れている」 といった専門用語を使おうとする。
もちろん、これらの言葉は大切。 だけど、身体知にとっては遠い言葉と言える。
身体知は、 「軸」「重心」「タイミング」といった抽象概念では動かない。
身体知が反応するのは、 もっと身体に近い質感の情報。
たとえば、 「軸がズレている」という言葉よりも、 「身体がふわっと浮いた感じ」 「足裏がぬるっと逃げた感じ」 「腰がカクッと折れた感じ」 のほうが、身体知には届きやすい。
専門用語は頭には届くが、 身体知には届かない。
だから、 専門用語だけで動きを整えようとすると、パフォーマンスが落ちる可能性がある。
言語化しすぎるとパフォーマンスが落ちる理由
選手が陥りやすい落とし穴がある。
それは、 「正しい言葉で説明しようとしすぎる」こと。
言語化は大事だけど、 言語化しすぎると身体知が働かなくなる。
身体知は、 曖昧さの中で働く知性。
ところが、 言語化をしすぎると、 身体知が扱っている曖昧な質感が 無理やり正確な言葉に押し込められてしまう。
すると、 身体知が本来持っている柔らかさが失われ、 動きがぎこちなくなる。
これは、 「説明しようとするほど動けなくなる」 という現象として現れる。
選手がよく言う 「考えすぎて動けない」 という状態は、 身体知が言語に押しつぶされている状態。
だから、 言語化は必要だが、言語化しすぎてはいけない。
オノマトペは身体知と頭のちょうどいい橋渡しになる
では、身体知を引き出しつつ、 言語化しすぎないためにはどうすればいいのか。
その答えが、 オノマトペだ。
オノマトペは、 言葉でありながら、 言葉になりきらない曖昧さを持っている。
たとえば、 「サラッと流れた」 「コトッと収まった」 「グニュッと沈んだ」 「キュッと締まった」 「パサッと抜けた」
これらは、 専門用語では説明できない質感をそのまま表現している。
身体知は質感で判断する。 オノマトペは質感を表現する。
だから、 オノマトペは身体知と頭のちょうどいい橋渡しになる。
オノマトペは、 身体知を引き出しながら、 言語化しすぎることを防いでくれる。
オノマトペは「自分の身体知の辞書」をつくる
オノマトペは、 他人に伝わらなくていい。
なぜなら、 オノマトペは自分の身体知の辞書だから。
同じ「キュッ」でも、 選手によって意味が違う。
ある選手にとっては 「体幹が締まった感覚」かもしれないし、 別の選手にとっては 「足首が安定した感覚」かもしれない。
身体知は個別性が強い。 だから、 自分の身体知に合ったオノマトペを持つことが重要になる。
他人の言葉を借りても、 身体知は反応しない。
自分の身体が感じた質感を、 自分の言葉で表現する。
その積み重ねが、 身体知の辞書を育て、 再現性を高めていく。
身体知を引き出すためのオノマトペの使い方
ここで大事なのは、 オノマトペを正しく使うことではない。
大事なのは、 自分の身体がしっくりくる表現を選ぶことだ。
たとえば、 同じ動きでも、 ある日は「コトッ」と感じるかもしれないし、 別の日は「ストン」と感じるかもしれない。
その違いこそが、 身体知が発している今日の状態のサイン。
オノマトペは、 身体知の声を拾うためのアンテナ。
アンテナの感度を上げるには、 正しい言葉ではなく、 しっくりくる言葉を使うことが大切だ。
まとめ:身体知を信じるための言葉がオノマトペである
身体知は、 競技者のパフォーマンスを支える静かな知性。
しかし、身体知は言葉を持たない。 だからこそ、 身体知を引き出すための言葉が必要になる。
その言葉は、 専門用語でも、 理論でも、 綺麗な説明でもない。
身体知に最も近い言葉。 身体知が反応する言葉。
それが、 オノマトペ。
オノマトペは、 身体知を呼び起こし、 再現性を高め、 ズレに気づかせ、 パフォーマンスを整える。
今日の練習で、 ひとつだけでいい。
自分の身体が感じた質感を、 自分の言葉で表現してみてほしい。
最後までお読み頂きありがとうございました。
コラム著者