プレッシャーは苦しみじゃない──NBA名将が語った“特権”という視点

「プレッシャーが苦しい」「期待が重い」「逃げたくなる」──そんな気持ちを抱えたことはありませんか? 私自身も、スポーツメンタルコーチとして、そして一人の人間として、何度もその感情に向き合ってきました。 そんな中で出会った言葉があります。
「プレッシャーは特権だ」──NBAの名将ドック・リバースが語った人生のルールです。
この言葉は、プレッシャーの意味を根底から問い直し、私の在り方を変えてくれました。 本コラムでは、その言葉の背景と、私自身の実感を交えながら、プレッシャーとの向き合い方を深く掘り下げていきます。
「プレッシャーは特権」という言葉に引き寄せられた日
「プレッシャーは特権だ」 この言葉を初めて耳にしたとき、私はその言葉に、深く引き寄せられました。 それは、NBAの名将ドック・リバースが語った人生のルールのひとつであり、Netflixのドキュメンタリー『The Playbook』の中で紹介されていた言葉です。
プレッシャーという言葉には、どこか重苦しい響きがあります。 多くの人が避けたいもの、苦しいもの、できれば感じたくないものとして捉えているのではないでしょうか。 しかし、ドック・リバースはそのプレッシャーを「特権」と言い切ったのです。
その瞬間、私の中で何かが動きました。 スポーツメンタルコーチとして、日々選手たちと向き合いながら、努力や不安、期待といった感情に寄り添ってきた私にとって、この言葉は単なるモチベーションではなく、生き方そのものを問い直す力を持っていたのです。
プレッシャーとは「期待の証」である
プレッシャーを感じるということは、誰かが自分に期待しているということです。 自分が何かを担っているということ。 そして、自分がその場に“いる”ということ。
つまり、プレッシャーとは「責任」ではなく「存在証明」なのです。 ドック・リバースはこう語ります。
この言葉は、スポーツの世界だけでなく、日常のあらゆる場面に通じます。 仕事、家庭、人間関係── プレッシャーを感じる場面こそが、自分が“必要とされている証”なのです。
プレッシャーを避けるほど、自分の可能性は縮んでいく
多くの人は、プレッシャーを避けようとします。 「失敗したらどうしよう」 「期待に応えられなかったらどうしよう」 「自分には荷が重いかもしれない」
しかし、プレッシャーを避けるほど、自分の可能性は縮んでいきます。 なぜなら、プレッシャーの先にしか、本当の成長はないからです。
プレッシャーとは、自分の限界を超えるための“入口”であり、 自分の価値を試される“舞台”であり、 自分の覚悟を問われる“鏡”でもあります。
だからこそ、プレッシャーを避けるのではなく、 プレッシャーを引き受ける覚悟を持つことが、人生の質を変えるのです。
ドック・リバースが教えてくれた「在り方」の美学
ドック・リバースは、選手時代もコーチ時代も、常にプレッシャーの中にいました。 NBAチャンピオンに導いた2008年のボストン・セルティックス。 スター選手を束ねる難しさ。 メディアの批判。 ファンの期待。 そして、自分自身への問い。
それでも彼は、こう言います。
この言葉は、スポーツメンタルコーチとしての私にも深く響きました。 選手がプレッシャーに苦しむとき、それを“問題”として扱うのではなく、 “特権”として扱うことで、その人の在り方が変わるのです。
プレッシャーを“重さ”ではなく“光”として扱う
プレッシャーを重さとして扱えば、人は潰れます。 でも、プレッシャーを光として扱えば、人は輝きます。
その違いを生むのは、言葉の選び方と、視点の持ち方です。
「失敗したらどうしよう」ではなく、「挑戦できることがありがたい」 「期待が重い」ではなく、「期待されることが誇らしい」 「怖い」ではなく、「この場に立てることが嬉しい」
言葉を変えるだけで、プレッシャーの質は変わります。 そして、プレッシャーの質が変われば、人の在り方も変わるのです。
スポーツメンタルコーチとしての実感──プレッシャーは“人を深くする”
私はこれまで、色んな選手と向き合ってきました。 勝負の場に立つ人ほど、プレッシャーに苦しみます。 しかし、プレッシャーを乗り越えた人ほど、人間としての深みが増すのです。
プレッシャーは、技術を磨くだけでは乗り越えられません。 必要なのは、自分の価値を信じること。 そして、その場に立つ意味を受け入れること。
プレッシャーを引き受けることで、人は「自分の言葉」を持つようになります。 「自分の軸」を持つようになります。 「自分の人生」を生きるようになります。
それこそが、ドック・リバースが教えてくれた「人生のルール」なのです。
最後のメッセージ
──プレッシャーは、人生の“贈り物”である
プレッシャーは、特権です。 それは、誰かに与えられるものではなく、 自分が引き受けることで初めて意味を持つものです。
プレッシャーを感じる場にいられること。 その場に立てること。 その責任を担えること。 それは、人生からの“贈り物”だと私は思います。
だからこそ、私はこれからも、 プレッシャーを避けず、 プレッシャーを恐れず、 プレッシャーを引き受けていきたいと思います。
それは、私自身の生き方であると同時に、 選手たちにもそう在ってほしいと願う姿でもあります。
プレッシャーを感じる場に立てること。 その場に立つ意味を受け入れること。 そして、その責任を引き受ける覚悟を持つこと。
それは決して簡単なことではありません。 ですが、そこにこそ人としての深みがあり、 競技者としての本質が宿ると私は信じています。
プレッシャーを“重さ”ではなく“光”として扱えるように。 私も、選手も、そしてこの言葉に触れたすべての人が、 そんな在り方を、これからも大切にしていきたいと思います。
最後までお読み頂きありがとうございました。
コラム著者