努力と結果は結びつけない──“方向性”という言葉に違和感を覚えた日から

「努力の方向性」という言葉に、ふと立ち止まった
ある日、何気なく目にした「努力の方向性」という言葉。
その瞬間、私は思わず立ち止まった。
「努力に方向性ってあるのか?」 「方向性が間違っていたら、努力は無駄になるのか?」 「そもそも、努力ってそんなに一直線なものだったっけ?」
スポーツメンタルコーチとして、日々“努力”という言葉に触れている私にとって、 この問いは見過ごせないものだった。 そして同時に、自分自身の価値観を改めて見つめ直すきっかけにもなった。
「正しい努力」って、誰が決めるのか?
「努力の方向性が大事」 この言葉は、確かに正論に聞こえる。
目的地に向かって進むなら、道筋が合っている方が効率的だ。
でも、私はこうも思う。
努力とは、目的地に向かう“手段”であると同時に、“気付きや成長を得る旅”でもある。
方向性がズレていたとしても、そこで得られる気付きや感情は、決して無駄ではない。
むしろ、遠回りの中にしか見えない景色がある。
その景色こそが、次の選択や行動の幅を広げてくれる。
「正しい努力」なんて、あとからしか気づけない。
それなのに、今この瞬間に「正しい方向性」を求めすぎると、 人は動けなくなる。
「間違えたくない」という気持ちが、挑戦を止めてしまう。
努力とは、ひとつに固執することではない
努力という言葉には、どこか“我慢”や“根性”のようなイメージがつきまとう。
でも私は、努力とはもっと柔らかく、もっと多様で、もっと自由なものだと思っている。
努力とは、何かを得るために自分の時間やエネルギー、意志を注ぐ行為。
でもそれは、一つのことに固執することではない。
技術を磨くことも努力だし、自分を知ろうとすることも努力だ。
人と向き合うことも、時には休むことも、続けることも、やめることも、すべて努力の一部だと思う。
努力には、無数の形がある。
そしてそれらが重なり合うことで、自分の望む道へ導く“幅”が広がっていく。
努力とは、選択肢を狭めるものではなく、むしろ広げてくれるもの。 それが、私の実感だ。
私の価値観──努力と結果は結びつけない
私は、努力と結果を結びつけない。 それが、私 上杉亮平の価値観だ。
なぜなら、努力がいつ結果に結びつくかなんて、誰にも把握しきれない。
1ヶ月後かもしれないし、10年後かもしれない。
あるいは、結果という形ではなく、“人間としての深み”として残るかもしれない。
努力は、すぐに報われるものではない。
むしろ、報われるかどうかすら分からない。 だからこそ、私はこう考える。
継続とは、結果を求めることではなく、自分を信じ続けること
努力と結果を結びつけると、人は苦しくなる。
結果が出なかったら、努力は無駄だったと思ってしまう。
結果が出なかった時のショックが怖くて、努力すること自体を避けてしまう。
努力する前に「報われるか?」を考えてしまうと、行動が止まる。
でも、努力とは“育つこと”であり、“報われること”ではない。
努力の中で、気付きが生まれ、感情が動き、思考が深まり、人との関係が変わっていく。
それこそが、継続の意味であり、努力の価値だと私は思う。
継続とは、結果を求めることではなく、 自分の変化を信じ続けること。
自分の成長を、誰よりも自分が見守り続けること。
努力を嫌わないために──“結果”という呪縛から自由になる
多くの人が努力を嫌うのは、結果と結びつけてしまうからだと思う。
「結果が出なかったら無駄になる」
「結果が出なかった時が怖い」
「結果が出ないならやらない方がいい」
そんなふうに思ってしまうと、努力は苦しいものになる。
でも、努力は“自分を育てる行為”であり、“自分を守る行為”でもある。
結果が出なくても、努力は残る。
努力が残れば、次の挑戦の土台になる。
だから私は、気付きや成長を感じられる努力を、少しずつでも増やしていきたいと思う。
そして、それをひたすら続けていくことが、何よりも大切だと感じている。
最後に──努力は“生き方”であり、“選択”である
努力とは、何かを得るための手段であり、 自分を育てるための時間であり、 そして、自分の価値観を映し出す鏡でもある。
「努力の方向性」という言葉に違和感を覚えたあの日から、 私はずっと問い続けている。
- 努力とは何か。
- 努力はどこへ向かうのか。
- 努力は、誰のためにあるのか。
そして今、はっきりと言えるのは── 努力と結果を結びつけないことこそが、私の価値観であり、信念であるということ。
努力は、結果のためだけにするものではない。
努力は、自分の内側にある“気付き”と“成長”を育てるためにある。
その努力が、いつどんな形で報われるかは、誰にも知る由もない。
だからこそ、私は「継続」という言葉を大切にしている。
努力と結果を結びつけるから、苦しくなる。 努力と結果を結びつけるから、怖くなる。
努力と結果を結びつけるから、やらなくなる。
だから私は、努力と結果を切り離す。
その代わりに、努力と成長を結びつける。
そして、努力と自分自身を結びつける。
それが、私 上杉亮平の生き方であり、 スポーツメンタルコーチとしての在り方でもある。
最後までお読み頂きありがとうございました。
コラム著者