スポーツメンタルコーチ上杉亮平
試合で力を発揮できないあなたへ、心の土台を整える伴走者
~アスリートを自己実現へと導く~
メニュー

棒高跳の頂を目指し続けた“エアー大地”の軌跡──澤野大地

 

「棒高跳の日本記録保持者」「オリンピック3大会出場」「40歳を超えてなお挑戦を続けた男」。澤野大地さんの名前は、日本陸上界において特別な響きを持っています。彼の歩みは、単なる記録や結果にとどまらず、挑戦を続けることの意味を私たちに問いかけてくれます。

 

生い立ちと棒高跳との出会い

1980年9月16日、大阪市西淀川区に生まれた澤野大地さん。小学5年生のときに父の転勤で千葉県印西市へ移り住み、印西中学校で陸上競技を始めました。当初は長距離走を希望していましたが、顧問の先生から「棒高跳をやってみないか」と勧められたことが人生の転機となります。

初めて挑戦した棒高跳に強く惹かれ、その魅力に没頭。中学1年から本格的に取り組み、高校時代にはインターハイで連覇を達成。1998年には高校記録(5m40)を樹立し、ジュニア日本記録を更新しました。この頃から「エアー大地」という異名で呼ばれるようになり、全国にその名を轟かせました。

 

大学時代から日本記録保持者へ

日本大学に進学後も記録を伸ばし続け、2003年・2004年の日本選手権で連続日本新記録を樹立。2005年には自己最高記録5m83をマークし、日本記録保持者となりました。この記録は今なお破られていません。

澤野さんは
「記録は一瞬の輝きではなく、積み重ねの結果」

と語っています。

才能だけではなく、日々の練習と継続の力によって支えられていたのです。棒高跳は技術と精神力の両方が試される競技であり、澤野さんはその両面を徹底的に磨き続けました。

 

世界の舞台での挑戦と苦悩

澤野さんは2004年アテネ五輪で日本人として20年ぶりに決勝進出を果たし、2005年世界選手権ヘルシンキ大会では跳躍種目で日本人初の8位入賞を達成しました。2006年ドーハ・アジア大会では金メダルを獲得。さらに2008年北京、2016年リオデジャネイロと3度の五輪に出場し、リオでは日本人として64年ぶりの7位入賞を果たしました。

しかし、その道のりは決して順風満帆ではありません。2008年北京五輪では予選敗退という悔しさを味わい、2012年ロンドン五輪では代表選考から漏れるという大きな挫折を経験しました。日本記録保持者でありながら、世界の舞台で結果を残せない時期もありました。周囲から「もうピークは過ぎたのではないか」と囁かれる中で、澤野さんは競技を続ける意味を問い直し、自分自身と向き合い続けました。

その答えが「挑戦を続けること」でした。結果が出ない時期も、年齢を重ねても、澤野さんは棒高跳をやめませんでした。40歳を超えてなおリオ五輪に挑戦し、日本人として64年ぶりに入賞を果たした姿は、まさに「挑戦し続けることが成功につながる」ことを証明しています。

 

人柄と競技への姿勢

澤野さんは「選手」「コーチ」「教員」「父親」「理事」という複数の顔を持ち、常に多忙な日々を送っていました。娘に競技姿を見せたいと語る父親としての一面、母校・日本大学で教壇に立ち後進を育てる教育者としての姿勢、そしてJOC理事としてスポーツ界を支える責任感。

彼の人柄は、誠実さと挑戦を続ける情熱に満ちています。周囲からは「常に謙虚で、努力を惜しまない人」と評され、後輩たちからも尊敬を集めました。

 

引退と新たな挑戦

2021年9月、41歳の誕生日に現役引退を発表。最後の舞台は大阪・ヤンマースタジアム長居。涙を浮かべながら「この歳で跳躍できることが幸せ」と語り、後輩たちに「日本の棒高跳は元気だぞ、と世界にアピールしてほしい」とエールを送りました。

引退後は母校・日本大学で准教授として教鞭をとり、解説者としても活動。さらにランニングを再開し、マラソンにも挑戦するなど、棒高跳の枠を超え「挑戦し続けること」そのものを人生のテーマにしています。

 

 

立ち止まる競技者へのメッセージ

澤野大地さんの歩みは、立ち止まっている競技者にこう語りかけます。 「挑戦を続けることこそが、真の成功につながる」。

澤野さん自身、決して順風満帆な競技人生ではありませんでした。 2008年北京五輪では予選敗退という悔しさを味わい、2012年ロンドン五輪では代表選考から漏れるという大きな挫折を経験しました。日本記録保持者でありながら、世界の舞台で結果を残せない時期もありました。周囲から「もうピークは過ぎたのではないか」と囁かれる中で、澤野さんは競技を続ける意味を問い直し、自分自身と向き合い続けました。

その答えが「挑戦を続けること」でした。 結果が出ない時期も、年齢を重ねても、澤野さんは棒高跳をやめませんでした。40歳を超えてなおリオ五輪に挑戦し、日本人として64年ぶりに入賞を果たした姿は、まさに「挑戦し続けることが成功につながる」ことを証明しています。

正解は一つではありません。 「勝つこと」だけが正解ではなく、「挑戦を続けること」「自分の選んだ道を正解にしていくこと」こそが競技者の本質なのです。澤野さんの生き方は、立ち止まる競技者に「結果が出なくても意味がある」「挑戦を続けること自体が価値だ」と教えてくれます。

立ち止まっているときこそ、自分の努力や積み重ねを信じること。 そして、挑戦を続ける勇気を持つこと。 澤野さんの軌跡は、その大切さを静かに、しかし力強く語りかけています。

 

結論

澤野大地さんのヒストリーは、記録やメダル以上に「在り方」を示しています。 彼の人生は、苦悩や挫折を抱えながらも挑戦を続ける姿勢そのものが「成功」だということを教えてくれます。

 

  1. 記録を更新した瞬間だけでなく、結果が出ない時期にどう向き合うか。

 

  1. 周囲からの評価が下がったときに、なお挑戦を続ける覚悟を持てるか。

 

  1. 年齢や環境の制約を超えて、自分のスタイルを貫けるか。

 

澤野さんはそのすべてを体現しました。 だからこそ、彼の軌跡は「挑戦し続けることの意味」を競技者に伝えます。

立ち止まることは、決して敗北ではありません。 立ち止まったその場所から、もう一度挑戦を選び直すこと。 その繰り返しこそが、競技者としての真の成長につながるのです。

澤野大地さんの生き方は、立ち止まる競技者に勇気を与え、未来へ進む力を呼び覚ましてくれます。 そしてそのメッセージは、競技者だけでなく、人生の岐路に立つすべての人に響く普遍的なものです。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

 

コラム著者
プロスポーツメンタルコーチ上杉亮平
全てのアスリートが競技を楽しみ、自分らしさを輝かせる世界を創る。ことを目指し
「メンタルで視点(せかい)が変わる」この言葉胸にアスリートを自己実現へと導くサポートをしています。詳しくはこちら

その他のおすすめ記事

誰もいない道を誰よりも遠くへ──樋口久子が切り拓いた“世界”と“自分” ‥ 続きを読む
“雨のナカジマ”が教えてくれたこと──中嶋悟、挑戦と誇りのF1物語 農家の末っ子から、世界の‥ 続きを読む
「フジヤマのトビウオ」──古橋廣之進が泳いだ希望の軌跡 戦後の瓦礫の中から、世界を驚かせた男 1945年、日本‥ 続きを読む

【完全無料】アスリート必見!
心の壁を乗り越え
ベストパフォーマンス引き出す5つの秘訣!