スポーツメンタルコーチ上杉亮平
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「守破離」の本質──“型を守る”ことが成長の最短距離になる理由

 

はじめに

──「守破離」という言葉に心を打たれて

ある日、ふと目にした「守破離」という言葉。 その瞬間、胸の奥に静かに響くものがあった。

「型を守ることが、成長の入口になる」 そんな当たり前のようでいて、現代では見過ごされがちな感覚。 特に競技の世界では、「早く結果を出したい」「自分らしさを出したい」と焦るあまり、 “守”を飛ばして“破”に進もうとする人が多いように感じる。

でも、守られていない型は、破ることも離れることもできない。 だからこそ、私は「守」を最も大切にしている。

 

守破離とは何か──語源と由来

「守破離」は、日本の芸道における修行の三段階を表す言葉。 茶道・剣道・書道・武道など、型を重んじる文化の中で育まれてきた。

 

守(しゅ)

師の教えや型を忠実に守り、基礎を徹底的に身につける段階。ここでは“真似る”のではなく、“染み込ませる”ことが求められる。

 

破(は)

守を重ねた上で、型を破り、自分なりの工夫や応用を加えていく段階。破るとは、否定ではなく“深化”である。

 

離(り)

型から離れ、独自の境地に至る段階。無意識に型が体現され、言葉にできない“らしさ”がにじみ出る。

 

語源は能楽の大成者・世阿弥の教えに由来するとされ、後に武道家・植芝盛平などが体系化。 この言葉には、技術だけでなく人間形成の哲学が込められている。

 

「守」を飛ばすと、すべてが中途半端になる

現代は「型破り」がもてはやされる時代。 SNSで“破”や“離”の成果だけを見て、「自分もすぐにそこへ行きたい」と焦る人が多い。

でも、守られていない型は、破ることも離れることもできない。 守を飛ばして破に進もうとすると、技術も思考も浅くなり、 結局どれもが中途半端で「形にならない」。

守とは、土台づくりであり、信頼構築であり、自分との約束。 それを飛ばすことは、未来の自分を裏切ることでもある。

 

「守」を重んじることは、自由への第一歩

守ることは、窮屈なことではない。 むしろ、自由への準備であり、深さへの入口だ。

型を守ることで、身体に染み込む技術がある。 思考の癖が整い、判断力が磨かれる。 そして、守り続けた先にしか、破るべき本質が見えてくる。

守るとは、自分の選んだ型に誠実であること。 それは、誰かの真似ではなく、自分の信念に向き合う姿勢。 守を重ねることで、やがて“自然に破れ、静かに離れる”瞬間が訪れる。

 

スポーツにおける守破離──型を決めて、やり続ける

競技の世界でも、守破離はそのまま当てはまる。

 

  1. 守:フォーム、ルーティン、思考法、練習の型。ここでの反復が“無意識の精度”を育てる。

 

  1. 破:自分に合った調整、戦略の工夫、感覚の統合。守を重ねた人だけが“破るべき場所”を見抜ける。

 

  1. 離:競技者としての哲学、独自のスタイル、無意識の領域。離は“意図して生まれるもの”ではなく、“結果としてにじみ出るもの”。

 

まずは「自分がどの型にはまるか」を決めること。 そして、その型をひたすらやり続けること。 それが、競技者としての成長の最短距離になる。

守を飛ばした人は、破ることに憧れ、離れることに焦る。 でも、守を重ねた人は、破も離も“自然に訪れる”ことを知っている。

 

守を続ける人が、最終的に型を超える

守を続ける人は、地味に見えるかもしれない。 でも、守り続けた人だけが、破るべき本質を見抜ける。 そして、離れるべきタイミングを自然に掴む。

守を続けるとは、自分の選んだ型に誠実であり続けること。 それは、技術だけでなく、人としての深さと信頼を育てる行為でもある。

破や離は、守を重ねた人にだけ許される“ご褒美”のようなもの。 だからこそ、守を続ける人は、最終的に型を超え、 “自分だけの型”を生み出すことができる。

 

昔の人の心得に、今こそ学ぶべきことがある

守破離は、ただの修行論ではない。 人としての成長論であり、生き方の哲学でもある。

今の時代こそ、守を重んじる姿勢が必要だと思う。 情報に振り回されず、型を決めて、黙々とやり続けること。 それが、競技者としても、人としても、深みを育てる道になる。

昔の人は、型を守ることに誇りを持っていた。 その姿勢には、静かな力と、揺るぎない信念が宿っていた。

私たちも、今こそその心得に立ち返るべきではないだろうか。

 

おわりに

──守ることは、誇りであり力

守ることは、誰かの真似ではない。 それは、自分が選んだ型に、誠実に向き合い続ける覚悟。

守を重ねた先にしか、破る意味は見えてこない。 守を貫いた人だけが、離れる力を持てる。 そしてその離れ方には、深さと品格が宿る。

今の時代は、すぐに破りたがり、すぐに離れたがる。 でも、守り続ける人にしか見えない景色がある。 それは、技術の奥にある“本質”であり、 競技の先にある“人としての深み”でもある。

だからこそ、私は「守」を最も大切にしている。 型を信じ、型に向き合い、型を超える日を信じて支える。 それが、競技者の成長を支える者としての誇りであり、 人としての力になると信じている。

この心得を、これからも胸に刻み、 競技者を支える者として、静かに、そして熱く在り続けたい。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

 

コラム著者
プロスポーツメンタルコーチ上杉亮平
全てのアスリートが競技を楽しみ、自分らしさを輝かせる世界を創る。ことを目指し
「メンタルで視点(せかい)が変わる」この言葉胸にアスリートを自己実現へと導くサポートをしています。詳しくはこちら

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