本番で力を発揮するために
競技者が身につけたい「メタ認知習慣」のすすめ

「なぜ、同じ失敗を繰り返してしまうのか?」
試合のたびに、同じ場面で崩れてしまう。 本番になると、思うように動けなくなる。 練習ではできていたはずなのに、なぜか結果につながらない。
競技者に限らず、私たちは日々、“自分の癖”に悩まされています。 その根底には、脳の「自動化」という仕組みが存在しています。 そして、それを打破し、昨日とは違う選択肢を取るための第一歩が「メタ認知」なのです。
脳は“自動化”されている
──科学的背景
脳は、エネルギー効率を重視する臓器です。 繰り返し使われる思考や行動は、神経回路として定着し、自動化されていきます。
心理学者ダニエル・カーネマンは、著書『ファスト&スロー』の中で、人間の思考を「システム1(直感的・自動的)」と「システム2(論理的・意識的)」に分けて説明しています。 私たちの多くの行動は、システム1によって無意識に処理されており、昨日と同じ選択をするのは、脳の“省エネ設計”による自然な結果なのです。
しかし、競技や人生の転機では、この自動化を打破する必要があります。 そのために必要なのが、メタ認知です。
メタ認知とは──自分を見つめるもう一人の自分
メタ認知とは、「自分の認知を認知する力」です。 思考・感情・行動を客観的に観察し、必要に応じて調整する能力を指します。
たとえば、試合前に「今、自分は焦っている」と気づき、 「この焦りは、勝ちたいという強い思いの裏返しだ」と捉え直す。 そのうえで、「深呼吸して、今できることに集中しよう」と選択する。
このように、メタ認知は自動化された反応を“意識化”し、選択肢を増やす力なのです。
メタ認知習慣がもたらすメンタルへの効果
メタ認知を習慣化することで、競技者のメンタルには以下のような変化が起こります。
- 感情との距離が生まれます 自分の感情を「そのまま感じる」のではなく、「感じている自分を観察する」ことで、感情に飲み込まれにくくなります。 たとえば、「怒っている自分」に気づけると、怒りに支配される前に対処することができます。
- ストレス耐性が高まります ストレス反応を客観視できるようになることで、反応の“選び直し”が可能になります。 「これは不安の反応だ」と気づけると、呼吸や行動で調整できるようになります。
- 自己批判から離れられます(脱フュージョン) 「自分はダメだ」という思考に同一化せず、それを“ただの思考”として扱えるようになります。 結果として、自己肯定感の回復につながります。
- 心理的柔軟性が育まれます 状況に応じて、思考・感情・行動を切り替える力が育ちます。 固定観念や過去の失敗に囚われず、今この瞬間に適応できるようになります。
- レジリエンス(回復力)が強化されます 失敗や困難に直面したとき、「何が起きたか」「どう受け止めたか」「次にどうするか」を俯瞰できるようになります。 結果として、立ち直りが早くなります。
- 共感力と対人関係が改善されます 自分の感情に気づける人は、他者の感情にも敏感になります。 メタ認知は「他者視点」を育てる力でもあり、関係性の質を高めることにつながります。
競技者にとってのメタ認知──競技力への波及効果
メタ認知習慣は、競技者のパフォーマンスにも直接的な影響を与えます。
試合中の焦りや緊張に飲み込まれず、冷静な判断ができるようになります
- プレッシャー下でも自分を整え、安定したパフォーマンスを発揮できます
- ミスを引きずらず、次のプレーに集中できるようになります
- 状況に応じて戦術や思考を柔軟に切り替えられるようになります
- 怪我や敗北からの立ち直りが早くなり、継続的な成長につながります
- チーム内の信頼関係が深まり、指導者との対話も円滑になります
さらに、
- 技術の再現性が高まり、練習通りの動きができるようになります
- 集中力が持続し、雑念に気づいて“今ここ”に戻る力が育ちます
- 個人のメタ認知が、チーム全体の関係性にも好影響を与えます
メタ認知を習慣化する方法
──昨日と違う選択をするために
メタ認知は、特別な才能ではなく、日々の習慣によって育てることができます。 以下に、競技者にも実践しやすい方法を紹介します。
- 練習後に日誌を書くことで、「何を感じたか」「何がうまくいったか」を記録します
- 試合中に「今の自分はどういう状態か?」と問いかける習慣を持ちます
- 「コーチならどう見るか?」「相手選手ならどう感じるか?」と他者視点で振り返ります
- 「今は焦り」「今は安心」と感情を言語化することで客観視します
- 呼吸や身体感覚に意識を向けることで、心の状態にも気づきやすくなります
- 「この行動は自分にとって意味があるか?」と問いかける習慣を持ちます
- コーチや仲間と定期的に振り返りの時間を持つことで、メタ認知の“場”を育てます
これらの習慣は、脳の自動化された回路に“割り込み”を入れる行為でもあります。 つまり、昨日と違う選択肢を取るための、最も根本的なトレーニングなのです。
終わりに
──「気づく力」が競技力を支える
メタ認知は、技術や体力の上に乗る“土台”です。 自分の状態に気づき、整え、選び直す力があることで、試合でも練習でも安定したパフォーマンスを発揮できます。
感情に気づく。思考の癖に気づく。行動のパターンに気づく。 その「気づく力」が、競技者としての成長を加速させるのです。
昨日と同じ選択を繰り返すのではなく、 「今の自分にとって最善の一手は何か?」と問い直す習慣。 それこそが、競技者にとってのメタ認知の価値です。
この力は、試合の勝敗だけでなく、日々の練習や人との関わり、そして自分自身との向き合い方にも影響を与えます。 メタ認知は、目に見えるスキルではありませんが、確実に競技力の“土台”を支えてくれる存在です。
だからこそ、今日から始めてみてほしいのです。 小さな問いかけでも構いません。 「今、自分はどんな状態だろう?」 「この選択は、自分にとって意味があるだろうか?」
その問いが、昨日とは違う選択肢を生み、 競技者としての成長を静かに、しかし確実に後押ししてくれるはずです。
最後までお読み頂きありがとうございました。
コラム著者