なぜ簡単なことほど、やらないのか?──競技者の習慣と整える力

落とし穴──「簡単なことほど、やらない」という不思議
「それくらい、すぐできるよ」 「あとでやればいい」 「わざわざ意識しなくても、できるはず」
──そんなふうに思っていたことが、気づけばずっと手つかずのまま。 簡単だと思っていたことほど、後回しにされ、疎かにされていく。 そして、気づいたときには「やっていないこと」が積み重なっている。
この現象は、競技者に限らず、誰もが経験する「行動の落とし穴」だ。 なぜ人は、簡単なことほどやらないのか? その背景には、心理的・脳科学的な構造が潜んでいる。
「簡単=重要ではない」と脳が判断してしまう
人間の脳は、限られたエネルギーの中で「何に集中すべきか」を常に選んでいる。 その際、脳は「報酬の大きさ」や「緊急性」によって優先順位をつける。
簡単なことは、報酬が小さく見える。 たとえば「水を飲む」「ストレッチをする」「日記を書く」「道具を整える」── これらは、すぐに目に見える成果が出るわけではない。 だから脳は、「後回しでも問題ない」と判断してしまう。
さらに、簡単なことは「自分ならできるはず」と思っているため、 やらなくても「できる自分」というセルフイメージが保たれてしまう。 結果として、やらないことに対する罪悪感も薄くなる。
「簡単なことほど、やらない」の科学的根拠
心理学では、これを「認知的過信(cognitive overconfidence)」と呼ぶ。 自分の能力を過信することで、行動の必要性を軽視してしまう現象だ。
また、行動経済学では「即時報酬バイアス(present bias)」が関係している。 人は、すぐに報酬が得られる行動を優先し、 先延ばしにしても損失が小さいと感じる行動は後回しにする傾向がある。
つまり──
- 簡単なことは「報酬が小さい」
- 「できるはず」という過信がある
- 「やらなくても困らない」と思ってしまう → だからこそ、やらない理由が無意識に積み重なっていく。
たとえば、地元の観光地
地元にある観光地。 いつでも行けると思っているうちに、何年も足を運んでいない── そんな経験はないだろうか。
“いつでもできる”と思うことほど、実は“いつまでもやらない”ものだ。 簡単な行動も、それと同じ。 「できるはず」と思っているうちに、やらない日々が積み重なっていく。
そして気づけば、整っていない自分、 本当はやるべきだったことに向き合っていない自分に出会うことになる。
偉大な成果は、地味な習慣の積み重ねから生まれている
では、簡単なことを淡々とやり続けている人は、どんな成果を残しているのか? ここで、いくつかの実例を紹介したい。
ノバク・ジョコビッチ(テニス)
ジョコビッチは、毎朝のルーティンに「水を飲む」「呼吸を整える」「感謝を言葉にする」など、 一見すると地味な習慣を徹底している。 彼は著書の中で「小さなことを整えることで、試合の集中力が変わる」と語っている。
イーライド・キプチョゲ(マラソン)
人類初のフルマラソン2時間切りを達成したキプチョゲは、 「毎日のストレッチ」「睡眠の質」「日々の記録」を何年も欠かさず続けている。 彼は「成功とは、日々の規律の積み重ねだ」と言い切る。
ジェームズ・クリア(『Atomic Habits』著者)
習慣形成の専門家であるクリアは、 「1%の改善を毎日積み重ねることが、1年後には37倍の成長になる」と述べている。 彼の理論は、小さな行動の継続が大きな成果を生むことを科学的に証明している。
「簡単だから、今やる」──それだけで差がつく
簡単なことほど、今やればいい。 後回しにする理由は、たいてい「やらなくても困らない」からだ。 でも、やらないことが積み重なると、いつか“整っていない自分”に出会うことになる。
逆に、簡単なことを淡々とやり続けている人は、 「整っている自分」「信頼できる自分」を育てていく。
- 水を飲む
- 道具を整える
- 感情を言葉にする「ありがとう」を言葉にする
- 5分だけストレッチする
- 1行だけ日記を書く
これらは、すべて「簡単なこと」だ。 でも、やっている人は少ない。 だからこそ、やり続けている人が、静かに差をつけていく。
最後に──「地味なことを、淡々とやる人」へ
競技でも、仕事でも、人生でも。 偉大な成果を残す人は、派手なことをしているわけではない。 むしろ、地味で簡単なことを、当たり前のようにやり続けている。
「簡単だから、やらない」ではなく、 「簡単だから、今やる」──その選択が、未来を変えていく。
今日、何かひとつ。 簡単なことを、後回しにせず、静かにやってみよう。 それが、信頼できる自分を育てる第一歩になる。
コラム著者