失敗のプロを目指せ──“ゼロ失敗思考”を超える挑戦力

「失敗のプロを目指せ」──これは、私が競技者に伝えたい大切なメッセージです。
現代の競技環境では、「失敗しないこと」が美徳とされがちです。 SNSでは成功体験が切り取られ、完璧なパフォーマンスが称賛される。 「ミスをしないように」──そんな空気が、競技者の挑戦意欲を静かに奪っているように感じます。
しかし、成功の対義語は「失敗」ではありません。 本当の対義語は「無挑戦」です。 失敗は、成功するために不可欠な素材であり、失敗なしに本当の成功をつかむことはほぼ不可能です。
なぜ“失敗恐怖”が競技者を苦しめるのか?
- ミスをすると評価が下がる
- チームや指導者からの信頼を失う不安
- 周囲の目が怖くて、思い切ったプレーができない
- 自分の価値が「結果」でしか測られないように感じる
こうした心理は、競技者の行動を萎縮させ、挑戦の幅を狭めてしまいます。 そして、失敗を避けることに意識が向きすぎると、本来の目的である“成長”や“自己理解”が遠のいてしまうのです。
実例|失敗を乗り越えた競技者たち
本田圭佑選手(サッカー)
中学時代、ガンバ大阪ジュニアユースからユース昇格を目指すも不合格。 その挫折が「絶対にプロになる」という覚悟を生み、名古屋グランパスからプロ入り。 その後、海外挑戦を経て、イタリア・ACミランで10番を背負うまでに成長しました。
「失敗があったからこそ、自分の志が本物になった」──本田圭佑
内川聖一さん(野球)
WBC準決勝での走塁ミス。日本中に泣き顔が中継されました。 それでも帰国後すぐに試合に出場し、打撃改造に取り組み、打率.378という驚異的な成績を残しました。
「失敗を見つめ直すことが、次の成功への入り口になる」──内川聖一
中村紀洋さん(野球)
メジャー挑戦で結果を残せず帰国。オリックスでは自由契約となり、育成選手として中日に入団。 そこから再びレギュラーを勝ち取り、楽天・横浜でも復活を遂げました。
「何度もクビになった。でも、諦めなかった」──中村紀洋
南野拓実(サッカー)
2022年カタールW杯、決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦。 PK戦で日本代表の1番手キッカーを務めるも、GKに阻まれ敗戦。 「人生で最悪の日だった」と語り、代表から遠ざかる日々が続きました。
しかし南野選手は、モナコでのプレーを通じて自らを見つめ直し、 再び代表に復帰。2024年以降の試合では得点やアシストで存在感を示し、 “失敗からの復活”を体現する選手として、再び日本代表の中心に立っています2。
「絶対にレベルアップして、この場に帰ってきたい」──南野拓実
競技者に必要な“失敗耐性”とは?
失敗に慣れるとは、こういうことです。
- 失敗しても、自分を過度に否定しない
- 失敗の構造や背景を冷静に見つめる
- 他人と比べず、自分の癖やパターンを理解する
- 次につながる問いを持ち続ける
このスタンスを持つ競技者は、失敗を“経験”として蓄積し、成功への耐久力を高めていきます。 競技力とは、技術力だけでなく、感情と向き合う力、意味づける力、そして習慣化する力でもあるのです。
失敗を笑う文化が挑戦を奪う
失敗した人を批判したり笑ったりする風潮は、競技者の挑戦意欲を奪います。 「自分もそうされたくない」と思うようになり、挑戦すらしなくなる。 それは、何も経験せず、何も変わらないこと。 つまり、成長の機会を自ら手放していることに他なりません。
失敗に寛容な空気をつくること。 それは、挑戦が循環し、競技者が育っていく環境づくりそのものです。
メンタルコーチとして伝えたいこと
競技者のメンタルを支えるということは、単なる励ましや技術的な助言ではありません。 それは、その人の「挑戦する力」を守り抜くことだと、私は考えています。
競技の現場では、結果がすべてのように扱われることがあります。 しかし、結果は「点」であり、競技者の人生は「線」です。 その線を太く、しなやかに、折れずに伸ばしていくために、メンタルコーチは存在します。
私が日々の支援で大切にしているのは、次の3つです。
- 「挑戦の余白」を守ること
競技者が挑戦できなくなる瞬間は、失敗そのものよりも、失敗を許されない空気に飲み込まれたときです。 「ミスしたら終わり」「次はないかもしれない」──そんな思考が、挑戦の余白を奪っていきます。
だからこそ、私は競技者の中にある“余白”を守りたい。 それは、ミスしても立ち上がれるスペースであり、 自分を見つめ直す静けさであり、 誰かに頼れる関係性のことです。
余白があるからこそ、人は挑戦できます。 そして、挑戦があるからこそ、競技者は成長します。
- 「感情の動き」を言語化すること
競技者は、日々の練習や試合の中で、さまざまな感情を経験します。 悔しさ、焦り、期待、孤独、誇り──それらはすべて、競技者の“生きている証”です。
しかし、感情は放っておくと、ただのノイズになります。 言語化することで、感情は「気づき」に変わり、「選択肢」に変わります。
私は、競技者が自分の感情を丁寧に言葉にできるよう、問いかけを重ねます。 「今、どんな気持ちだった?」 「その感情は、どこから来たと思う?」
- 「感情の動き」を言語化すること
感情を言葉にする力は、競技者の“自己理解”を深め、 自分自身との信頼関係を築く第一歩になります。 そしてその信頼が、失敗しても自分を見捨てない力につながっていきます。
- 「競技者の軸」を一緒に育てること
軸がある競技者は、失敗しても折れません。 むしろ、失敗を通じて軸を強くしていきます。 「自分は何者か」「何のために競技をしているのか」──その問いに向き合い続けることが、 競技者としての“本質的な強さ”を育てるのです。
まとめ:失敗のプロを目指すということ
失敗のプロとは、失敗を恐れず、失敗に慣れ、失敗を活かせる人のことです。 それは、競技者としての“本質的な強さ”を持つ人でもあります。
失敗のプロは、こう考えます。
- 失敗は、自分の可能性を試した証
- 失敗は、次の挑戦へのヒント
- 失敗は、誰かに語れる物語
- 失敗は、自分を深く知る鏡
そして何より、失敗のプロは、失敗を「自分のせい」ではなく「自分の素材」として扱える人です。
競技者にとって、失敗は避けるべきものではありません。 それは、挑戦の証であり、成長の入り口であり、未来への手紙です。
最後のメッセージ
あなたがもし、失敗に悩んでいるなら、 それは「挑戦している証」です。 そして、あなたがその失敗を見つめ直すなら、 それは「成長の始まり」です。
失敗のプロを目指すということは、 自分の人生を、自分の手で育てていくということ。 その姿勢こそが、競技者としての“本当の強さ”につながっていきます。