目的を見失うと競技は苦しくなる──手段が目的に変わる前に立ち返るべきこと

「最近、練習がしんどい」 「結果が出ないと全部が無意味に思える」 「頑張っているのに、なぜか心がついてこない」
そんな声を、選手から聞いてきました。 そして、その声は決して弱さではありません。 むしろ、本質に戻るタイミングが来ているサインです。
競技者が苦しくなるとき、そこには必ず 目的・目標・手段のズレ が生まれています。
目的が曖昧だと、目標が苦しくなり、手段が義務になる
これは競技者に最も多い“心の迷子”のパターンです。
- 目的が曖昧
- 目標だけが先に立つ
- 手段が義務になる
- 結果が出ないと自分を責める
- さらに目的が見えなくなる
このループに入ると、 どれだけ努力しても心が軽くならない。
なぜなら、 目的(Why)が曖昧なまま、目標(What)と手段(How)だけが肥大化するから。
目的が見えないまま走り続けるのは、 地図を持たずに山に入るようなものです。
どれだけ頑張っても、 「どこに向かっているのか」がわからない。
だから苦しくなるのです。
目的とは「なぜ競技をするのか」という“生き方の軸”
目的は、結果でも記録でもありません。
- なぜ競技を続けたいのか
- 何に価値を感じているのか
- 競技を通して、どんな自分でありたいのか
これらが“目的”です。
目的は、 競技人生の北極星のようなもの。
たとえ雲に隠れて見えなくても、 そこにあると知っているだけで、 選手は迷わずに進める。
逆に、目的が曖昧だと、 どんな目標も“重荷”に変わります。
目標とは「目的を形にしたもの」
目標は、目的を実現するための“通過点”です。
- タイムを縮める
- 技術を習得する
- 大会で結果を出す(金メダルをとる)
- レギュラーを勝ち取る
これらはすべて目標。
目標は大切です。 でも、目標はあくまで 目的のための道具 でしかありません。
目的が明確であれば、 目標は自然と意味を持ち、 達成へのプロセスも前向きになる。
しかし目的が曖昧だと、 目標は“義務”に変わり、 達成できないと自分を責める材料になる。
手段とは「目標を達成するための方法」
手段は、もっとも変化しやすい部分です。
- 練習メニュー
- トレーニング方法
- 食事
- 休養
- メンタルの整え方
これらはすべて手段。
手段は状況に合わせて変えていい。 むしろ変えるべきです。
しかし多くの選手は、 手段を目的化してしまう。
本来は目的のための手段なのに、 いつの間にか“やること自体”が目的になってしまう。
これが苦しさの正体です。
「目的が手段にすり替わる瞬間」は、誰にでも起きる
たとえば、こんなケースがあります。
本来の目的
「競技を通して、自分の可能性を広げ幸せになりたい」
設定した目標
「大会で優勝する」
選んだ手段
「毎日自分で決めた事をやり続ける」
ここまでは良い。
しかし、いつの間にか…
こうして、 “練習をすること”が目的にすり替わる。
本来の目的は 「自分の可能性を広げること」 だったはずなのに。
手段が目的化すると、 選手は必ず苦しくなります。
目的が明確だと、手段は自然に選べる
目的が明確な選手は、 手段を柔軟に変えられます。
- 疲れている日は休む
- 必要なら練習量を減らす
- 逆に集中したい日は追い込む
- 自分に合わない方法は手放す
なぜなら、 目的がブレていないから。
目的が明確だと、 手段は“選択肢”になり、 目標は“道しるべ”になる。
目的が曖昧だと、 手段は“義務”になり、 目標は“重荷”になる。
この違いは、 競技人生を大きく左右します。
競技者に必要なのは「目的に立ち返る時間」
競技者は、日々の練習に追われれば追われるほど、 本来の目的を見失いやすくなります。 練習量が増え、やるべきことが積み重なるほど、 「なぜ自分はこの競技を続けているのか」という根本の問いが いつの間にか心の奥に押し込まれてしまうのです。
だからこそ、一度立ち止まる時間が必要です。 ほんの少しでいい。 深呼吸をして、自分の内側に静かに耳を澄ませる時間。
- なぜ競技を続けたいのか。
- 何に価値を感じているのか。
- 競技を通して、どんな自分でありたいのか。
- 何を大切にして生きていきたいのか。
こうした問いを言葉にする時間は、 練習と同じくらい、いや、時にはそれ以上に大切です。 目的が明確になると、選手は驚くほど強くなります。
迷いが減り、焦りが消え、 行動が自然と整い始める。 そして挑戦は、外側から“やらなければならない”ものではなく、 内側から静かに湧き上がってくる“衝動”へと変わっていく。
目的が見えると、 選手は本来の自分のリズムで前へ進めるようになるのです。
最後に──あなたの目的は、どこにありますか?
競技を続けていると、どうしても目の前の練習や結果に意識が向きがちです。 気づけば、目標が重荷になり、手段が義務になり、 「やらなければならない」という感覚だけが心の中に残ってしまうことがあります。
でも、その苦しさはあなたが弱いからではありません。 ただ、目的が少しだけ見えにくくなっているだけです。
目的が曖昧になると、 目標はあなたを縛るものになり、 手段はあなたを追い込むものに変わってしまう。
逆に、目的が明確になると、 目標は意味を持ち、 手段は自然と選べるようになる。 努力は義務ではなく、あなた自身の“選択”に変わる。
そして、目的が手段にすり替わるのは、誰にでも起きることです。 真面目に取り組む人ほど、努力家である人ほど、 この落とし穴に気づかないまま進んでしまう。
だからこそ、競技者には“本質に戻る時間”が必要なのです。
何のために競技をしているのか。
どんな自分でありたいのか。
競技を通して、何を得たいのか。
どんな未来を生きたいのか。
これらの問いに向き合う時間を是非定期的に作ってほしい。 目的が明確になった瞬間、 あなたの中で何かが静かに整い始める。
迷いが減り、焦りが薄れ、 行動が自然と意味を帯びていく。 挑戦は“外側から押しつけられるもの”ではなく、 “内側から湧き上がる衝動”へと姿を変える。
挑戦は、生命力から静かに始まる。 その生命力は、あなたの“目的”から生まれる。
目的があるから、あなたは立ち上がれる。 目的があるから、あなたは前へ進める。 目的があるから、あなたは困難を越えられる。
今日も、あなたの競技人生が 目的に導かれ、 静かに、しかし確かに前へ進んでいきますように。
そしてその歩みが、 あなた自身の人生を深く豊かにし、 あなたが望む未来へとつながっていきますように。
最後までお読み頂きありがとうございました。
コラム著者