選手の人生の岐路に寄り添う──問いと沈黙が支える決断

選手の迷いに立ち会った瞬間
先日の話、ある選手が涙を流しながら競技を「続けるべきか、やめるべきか」と言葉を絞り出した。
長い時間を競技に捧げてきた選手にとって、その問いは単なる選択ではなく、人生そのものに直結するものだった。
沈黙が続き、場には言葉にならない迷いが漂っていた。
私はその場で強く意識した。
答えを示すことはできない。
選手が自分の声にたどり着くまで寄り添うこと、それが私の役割だと。
選手の人生に関わるからこそ、それに相応しい自分でいなければならない。その責任の重さを、改めて実感した瞬間だった。
選手ファーストという姿勢
私は「選手ファースト」でありたい。
どれほど応援したくても、どれほど心を動かされても、私が胸の内で願うのはただ一つ──選手が自分の人生を幸せだと思えることだ。
だからこそ、私の主観は押し殺す。
続けてほしい、諦めないでほしい、といった願望は持たない。
選手の人生は選手自身のものであり、私ができるのはその選択を尊重することだけだ。
選手が自分の言葉で未来を選び、その選択を自分のものとして歩んでいけるように、私は寄り添い続けたい。
スポーツメンタルコーチとしての想いは、選手の幸せを願うことに尽きる。
問いと沈黙が生む力
問いは選手の心を整理するきっかけになる。
沈黙は選手が自分の声を聞くための時間になる。
私は必要なときだけ問いを投げ、不要なときは沈黙を守る。
問いかけは短くても、選手の心を深く揺さぶることがある。
「今の自分にとって、一番大切にしたいものは何だろう?」
「この選択をしたとき、どんな自分でいたいと思う?」
「どちらを選んでも、後から納得できるために必要なことは何だろう?」
「競技を続けること、離れること、それぞれにどんな意味がある?」
「未来の自分が振り返ったとき、どんな言葉でこの瞬間を語ってほしい?」
こうした問いは、続けるかやめるかを誘導するものではない。
選手自身の価値観や未来像に焦点を当て、選手が自分の言葉を見つけるためのきっかけになる。
沈黙の中で選手は涙を拭いながら、少しずつ自分の言葉を紡ぎ始める。
その言葉は誰かの期待ではなく、自分自身の声だ。
問いと沈黙の間にこそ、選手が自分の本当の声に触れる瞬間がある。
責任を背負う覚悟
この仕事は、選手の人生に直接関わる。
だからこそ、私は常に「相応しい自分」であることを求められる。
技術や知識だけではなく、姿勢や在り方そのものが問われる。
選手が安心して自分の声を探せる場を守ること、それが私の使命だ。
スポーツメンタルコーチングは「導く」ことではなく「支える」こと。答えを与えるのではなく、答えを見つける場を守ること。
選手の人生に関わる責任を背負う以上、私は学び続け、誠実であり続け、主観を抑え続けなければならない。
その覚悟があるからこそ、選手に信頼してもらえる存在になれるのだと思う。
選手の決断を尊重するということ
問いを重ね、沈黙に寄り添い、揺れる心の奥にある本当の声が聞こえたとき、選手は自分の人生を自分で選び取る。
その瞬間に立ち会えることは何よりも尊い。
それはスポーツメンタルコーチングの本質であり、私がこの仕事を続ける理由でもある。
そして忘れない。選手の人生に関わるからこそ、それに相応しい自分でいなければならない。
その責任を背負い続けることが、この仕事の誠実さを支えている。
私は選手の人生を第一に考える。選手が自分の言葉で未来を選び、その選択を自分のものとして歩んでいけるように、寄り添い続けたい。
もし私に任せてみようと思ってもらえるなら、それは選手ファーストの姿勢が伝わった証だと思う。
私はその信頼に応えるために、この仕事に情熱を注ぎ続ける。
最後までお読み頂きありがとうございました。
コラム著者