「好き」を貫く競技者のメンタル──室屋義秀の挑戦と情熱の軌跡

エアレーサー室屋義秀さんの物語
競技において、何が人を突き動かすのか。 勝ちたい気持ち、評価されたい気持ち、負けたくない気持ち──そのどれもが原動力になる。 ただ、もっと根っこにあるものがある。 それは「好き」という感情だ。
エアレースの世界で、アジア人として初めて世界チャンピオンに輝いた室屋義秀さん。 彼の物語は、「好きであること」がどれほど強い力になるかを教えてくれる。
幼少期──空への憧れは、木登りから始まった
室屋さんが空に憧れたきっかけは、テレビアニメ『機動戦士ガンダム』。 主人公アムロ・レイに憧れ、「自分もニュータイプかもしれない」と夢を膨らませた。 木に登って飛ぼうとしたり、自転車に羽をつけて飛ぼうとしたり──そんな“空への訓練”を繰り返す少年だった。
中学時代はサッカーに熱中していたが、空への意識は消えなかった。 そして中央大学に進学後、航空部に所属し、18歳からグライダーでの飛行訓練が始まった。
大学時代──「操縦技術世界一」を目指す決意
大学時代、但馬空港で開催されたブライトリング・ワールドカップを観戦。 世界最高峰のエアロバティックス飛行に衝撃を受け、「操縦技術世界一のパイロットになる」と決意する。
20歳で単身アメリカへ渡り、飛行機操縦免許を取得。 その後も資金を自ら工面しながら、毎年アメリカへ渡って訓練を重ねた。 オーストラリアでは長距離飛行技術を学び、国内競技会でも好成績を収めるようになる。
才能ではなく、情熱で積み上げた日々
「才能には決して恵まれていない。だからこそ、情熱を持ち続け、毎日一歩ずつ進み続けるしかなかった」
この言葉は、競技者の本質を突いている。 才能がないからこそ、努力を続けるしかなかった。 それも1ヶ月や1年ではない。 数十年にわたって、たった一つの夢に向かって、毎日毎日、一歩ずつ。
競技が消えた日──それでも飛び続けた理由
2019年、世界最速の空のモータースポーツ「レッドブル・エアレース」が突如終了。 室屋さんはその最終戦・千葉大会で優勝し、有終の美を飾ったが、 その瞬間、彼が人生をかけて挑んできた舞台は消えてしまった。
目標がなくなった。 それでも彼は、飛ぶことをやめなかった。 好きだから、競技がなくても鍛錬を続けられた。 好きだから、誰も見ていない場所で技術を磨き続けられた。
そして、競技が戻ってきた──エアレースXの誕生
2023年、エアレースは「AIR RACE X」として復活。 AR技術を活用した新しいレースフォーマット。 世界中のパイロットがリモートで飛び、デジタル空間で競い合う“超次元モータースポーツ”。
室屋さんはこの新しい挑戦にも、迷わず飛び込んだ。 そして2024年、渋谷を舞台にした最終戦で優勝。 年間総合ポイントでもトップに立ち、初代シリーズチャンピオンに輝いた。
競技が消えても諦めなかった人が、 競技が戻ってきたとき、誰よりも強くなっていた。
競技者のメンタル──「好き」が支える挑戦
私自身、スポーツメンタルコーチとして多くの競技者と向き合ってきた。 その中で感じるのは、「好きであること」はメンタルの土台になるということ。
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好きだから、失敗しても立ち上がれる
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好きだから、他人と比べずに自分のペースで進める
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好きだから、結果に左右されずに挑戦を続けられる
室屋さんのように、才能ではなく“情熱”で積み上げてきた人の言葉は、競技者の心に深く響く。 そしてそれは、私自身の価値観とも重なる。
最後のメッセージ──「好き」は、挑戦の源になる
競技において、好きであることは甘えではない。 むしろ、それがなければ、長く続けることはできない。 好きだからこそ、挑戦できる。 好きだからこそ、壁を越えられる。
室屋義秀さんの生き方は、そんな“挑戦の本質”を教えてくれる。 そして私自身も、競技者と向き合うとき、 その人が競技を始めた頃の「好き」を、思い出せるように。 寄り添いながら、そっと揺さぶってみたり、静かに待ってみたり── その感情がもう一度、力に変わっていくことを信じて関わっている。
好きであること。 それが、すべての挑戦の源になる。
競技の未来が消えた時、心の芯が残る人は、強い。
コラム著者