感情はどこから生まれるのか──コントロールという誤解をほどく

「感情をコントロールしろ」 スポーツの現場でも、ビジネスでも、日常でも、 あまりにも当たり前のように使われる言葉。
けれど、この言葉には大きな誤解が含まれている。 そしてその誤解が、人を苦しめ、追い詰め、 本来のパフォーマンスを奪ってしまうことがある。
そもそも、感情とは何なのか。 どこから生まれ、どうやって形になるのか。 そして、人は本当に感情をコントロールできるのか。
この問いを丁寧にほどいていくと、 メンタルの本質がみえてくる。
感情は「心」ではなく身体と脳の共同反応
感情は、心の奥から生まれるもの、そんなイメージを持つ人は多い。
だけど、実際には、感情はもっと身体的で自動的だと言える。
人は何かを見たり、聞いたり、感じたりすると、 まず身体が反応する。
胸がざわつく。 呼吸が浅くなる。 肩が固まる。 胃が重くなる。 涙がにじむ。
これらはすべて、 言葉より先に起きる前言語的な反応。
身体が反応し、その反応を脳が「これは何だ?」と意味づける。 その意味づけが感情という形をつくる。
つまり、感情とは
という流れで生まれる。
感情は「心の問題」ではなく、 身体と脳の共同反応だということ。
感情は勝手に生まれる
──だからコントロールすることは不可能
身体反応は自動。 脳の解釈もほとんどが無意識。
だから、感情は勝手に生まれる。
怒りも、悲しみも、不安も、喜びも、 「生まれないようにしよう」と思って止められるものではない。
「感情をコントロールしろ」という言葉がズレているのは、 まさにこの点。
コントロールできないものを、 「コントロールしろ」と言われる。
これは、 「雨を止めろ」 「風を弱めろ」 と言われているのと同じだと言ってもいい。
無理なものは無理。
だから、感情が湧くこと自体は、 弱さでも未熟さでもない。 むしろ、人間として自然な反応と言える。
感情は扱うもの
──コントロールではなく理解
では、感情はどうすればいいのか。
答えはシンプル。
感情はコントロールするものではなく、 理解して扱うもの。
ここでいう「扱う」とは、 感情を消すことでも、押し込めることでもない。
- 何が起きているのかを理解する
- 身体の反応に気づく
- その感情がどこから来ているのかを知る
- 感情に飲まれず、選択できる状態に戻る
このプロセスこそが扱うということ。
- 感情を否定すると、 身体が緊張し、反応が大きくなる。
だから、感情は敵ではなく、むしろ、身体が教えてくれる大切なサインだと捉えてほしい。
感情は「意味づけ」で形を変える
──ただし万能ではない
同じ出来事でも、 人によって感じ方が違う。
それは、 脳がその出来事にどんな意味を与えたか によって感情が変わるから。
意味づけが変われば、感情も変わる。 これは事実。
だけど、ここでひとつ誤解してはいけない。 意味づけは頭で決めるものではなく、身体の反応や過去の経験が深く関わっている。 だから、意志だけで簡単に変えられるものでもない。
なぜなら、私たちの「意味づけ」は、頭の中だけで完結しているものではないから。
そこには、過去の経験や、身体に染みついたクセ、育ってきた価値観、 その日のコンディション、人間関係の影響、そして自分の歴史、こうした深い層が静かに関わっている。
つまり、意味づけとは、 その瞬間の思考だけでつくられるものではなく、 自分という存在の積み重ねが反映された総合的な反応でもある。
だからこそ、 「意味づけを変えればいい」という言い方はあまりにも浅いと言える。 意志の力だけで簡単に書き換えられるほど、 意味づけは軽いものではないということ。
意味づけは確かに変えられるけれど、それは変えられる状態に自分が整っているときに限られる。 その状態に至るまでには、 身体の反応に気づき、 自分の内側を理解し、 揺れを否定せずに受け止めるというプロセスが必要。
感情は揺れる前提でいい
──強さ弱さではなく、人間性
感情が揺れることを、 「弱さ」と捉える人は多い。
しかし、揺れない人間など存在しない。
揺れるのが自然で、 揺れをどう扱うかが大事。
- 揺れたときに立ち止まれるか
- 揺れた自分を否定しないか
- 揺れの理由を理解しようとできるか
- 揺れたままでも選択できるか
これがメンタルの成熟だと言える。
強い弱いではなく、人間としての深さの話。
感情を扱うとは、自分とつながり直すこと
感情を扱うというのは、 自分の内側に静かに耳を澄ませるということ。
- 今、身体はどう反応している?
- 何に反応している?
- その奥にある願いは?
- 何を守ろうとしている?
- 何を恐れている?
- 何を求めている?
こうした問いを自分に向けることで、 身体の反応と感情の動きが少しずつ輪郭を持ち始める。 感情は、ただ湧いては消える曖昧なものではなく、 自分の本音や価値観を教えてくれるメッセージでもあるということ。
だから、感情を扱うとは、 自分とつながり直すことでもある。
そして、だからこそ、こうした自分への問いが大事になってくる。
最後のメッセージ
──感情は敵ではなく、道しるべ
感情はコントロールできない。 でも、扱うことはできる。
感情は厄介なものではない。 むしろ、 自分が何を大切にしているかを教えてくれる道しるべだと思ってほしい。
怒りは、守りたいものがある証拠。 不安は、未来を大切にしている証拠。 悔しさは、もっと良くなりたいという願い。 悲しみは、失ったものの価値を知っている証。 喜びは、心が動いている証。
感情は、人間の深さそのもの。
だから、「感情をコントロールしろ」ではなく、 「感情を理解し、扱える自分でいよう」 これが本質だと言っていい。
揺れることを恐れなくていい。 揺れは、あなたが生きている証だから。
最後までお読み頂きありがとうございました。
コラム著者