イチローの言葉に背中を押されて―“挑戦する自分”を信じる理由

「現状維持が嫌い、できるだけ無理したい」
――ホメオスタシスに抗う生き方を選ぶ理由
「これくらいでいいか」と思える自分が、少し怖いときがあります。 年齢を重ねるほど、経験が増えるほど、“無理をしなくても済む”場面が多くなる。 だからこそ、あえて“できるだけ無理したい”と思ってしまう自分がいる。
無理をしてでも、挑戦している姿。 誰かに見られていなくても、昨日より深くやり込んでいる自分。 その姿にしか、誇りを感じられない瞬間があります。
最近、イチロー選手のある言葉に出会いました。
「現状維持が嫌い、できるだけ無理したい」
それは、まるで自分自身に言われているような気がしました。 この言葉を軸に、自分がなぜ“挑戦を選びたいのか”を改めて整理してみたいと思い、今回のコラムを書きました。
やり込む自分が好き――挑戦する姿勢こそ、アイデンティティ
私はこれまで、競技でも仕事でも、“やり込みたい”という気持ちを大切にしてきました。 そして、そのやり込んでいる自分に、どこか誇りと心地よさを感じています。 ただ課題をこなすのではなく、“無理かもしれないことに向かっていく姿勢”そのものに価値があると思っています。
人は年齢を重ねるにつれて、「無理はしない方がいい」「今のままでいた方が安心」という空気に包まれやすくなります。 自分もそうした空気に染まりそうになる瞬間があります。 だからこそ、心の奥ではこう思うのです。
「現状維持だけでいいと思える自分では、いたくない」
ホメオスタシス──人はなぜ“変わらないこと”を望むのか?
人間にはホメオスタシス(恒常性)という働きが備わっています。 これは、身体や心の状態を一定に保とうとする力で、生存に必要な反応でもあります。
- 体温が上がれば汗をかいて冷やす
- 不安定な感情は安定に戻ろうとする
この働きは、安心や安全にはつながりますが、挑戦する生き方においては“見えない壁”となることがあります。
新しい挑戦 > 未知の環境 > 変化への一歩
これらに対してホメオスタシスは「やめた方がいい」「今のままで十分」「傷つくかもしれない」と囁いてくる。 つまり、「挑戦したくない気持ち」の正体は、心理的な生存本能でもあるのです。
それでも私は“無理をしたい”
ホメオスタシスの存在を理解したうえで、それでも私は「無理をしたい」と思っています。 なぜなら、“無理をしたからこそ得られた瞬間”が、自分を支えてきたからです。
- 限界に挑んだ先でしか得られない達成感
- 乗り越えたことでしか築けない自己信頼
- 誰かに影響を与えられたという感覚
無理をするというのは、「苦しむため」ではありません。 それは、“自分に立ち返るための挑戦”なのです。
> できるか分からないことに、今日も向き合う >その姿勢だけが、自分らしさをつくっていく
ホメオスタシスに抗うためにできること
無理をしたいと思っていても、勢いや気合だけでは続かない。 だからこそ、“挑戦し続けるための習慣”が必要です。
微差の挑戦を続ける
昨日より少しだけ前に進む→ 小さな成功体験が積み上がり、抵抗が弱まる
“やり込んでいる自分”を記録に残す
言葉・映像・行動で挑戦を可視化する→ 「挑戦する自分=好きな自分」という感覚が強まり、継続しやすくなる
周囲の“現状維持マインド”を疑ってみる
「それは誰の価値観?自分は本当にそう思っている?」と問い直す→ 社会的安心感に流されず、自分の軸を守れる
無理をすることは、“自分で生きる”という選択
挑戦し続ける人は、年齢に関係なく輝いています。 それは、“できる自分”ではなく、“挑戦する自分”を大切にしているから。 他人に認められるためではなく、自分を好きでいられるために、無理をする。
自分で選んだ無理には、ちゃんと意味がある。 その意味がある限り、人は何度でも立ち上がれる。
最後のメッセージ
現状維持に安心する人もいる。だからこそ、私は不安定でもいい。傷ついてもいい。それでも、挑戦している自分の方が、ずっと“好き”でいられるから。無理をすることに、意味がある。それは、誰かに認められるためではなく―― 自分が、自分を信じ続けるため。