自分で決める人生──人と違う道を選ぶ勇気と意味

気がつくと、いつも人と違う道を選んでる。 もっと効率のいいやり方があるのかもしれないし、 誰かの成功例を真似すれば近道になるのかもしれない。 それでも私は、「自分で決めたい」という思いに、どうしても正直でいたい。
誰もやっていないことに惹かれる理由
気づけばいつも、人と違うことを選びたくなる。 誰かの成功事例に倣ったほうがうまくいく。そんな理屈はわかっていても、心が勝手に「逆」を選びたがる。 それは天邪鬼(あまのじゃく)なんかじゃなく、“自分で決めたい”という感覚への誠実さだと、私は思っています。
目立ちたいからとか、変わり者でいたいからじゃない。 むしろ「自分の軸を持ち続けること」って、常に不安と隣り合わせです。
なぜなら、前例がない道に“正解”なんてないから。 だからこそ、正解のない世界に、“自分の存在”が映えるんだと感じることがあるんです。
近道よりも、自分の道
情報が溢れている時代。 「こうすれば成功できる」「この型に従えばうまくいく」――そんなノウハウも山ほど手に入ります。
だからこそ、ふと立ち止まって思う。 “自分の人生”って、誰かのテンプレートでよかったんだっけ? と。
もちろん、真似から入ることを否定するつもりはありません。 ただ私の場合は、どうしても“自分流”を捨てられなかった。 たとえ時間がかかっても、遠回りになっても、「これは自分の選択だった」と思える生き方の方が納得できるんです。
挑戦の裏にある“静かな確信”
人と違う道を行くことは、常に孤独を伴います。 比較もされやすいし、「なぜそんなやり方で?」と疑問を投げかけられることもある。
だからこそ、その都度「それでも、こっちが自分の道」と言えることが、生き方の軸になっていく。 時間がかかるのは、決して“遠回り”だからじゃない。 だからこそ、自分の中に何層もの意味を積み上げながら進んでいるということなんだと思う。
他人基準の「速さ」より、自分基準の「深さ」を
成功までのスピードは人それぞれ。 だからこそ、私は“早い”か“正しい”かよりも、“意味があるか”を大切にしたい。
誰かの真似をして一時的にうまくいっても、「これは本当に自分がやりたかったことなのか?」という違和感が残ったら、いずれ心が離れてしまう。
だからこそ、“自分で考え、選び、進む”ことが、結果的に強さになる。 これは、自分の人生を他人任せにしない、という小さな決意の連続なんです。
「変わってるね」は最大の褒め言葉
私が尊敬する人たちは、みんな「変わってる」と言われるような人たちです。 だからこそ、その“変わってる”は、“ちゃんと自分で選んでいる”の裏返しでもある。
誰もやっていないことにチャレンジしたい、と思うのは勇気が要ります。 だからこそ、その衝動は“自分であることを諦めたくない”という魂の反応なんじゃないでしょうか。
私はその選択を、これからも肯定していきたい。 遠回りかもしれないけれど、“自分でいられる道”を歩き続けたい。 その先にこそ、自分にしかたどり着けない景色があると信じて。
最後のメッセージ
誰かの道じゃなく、あなたの道を歩くこと。それが、人生を“自分の手に取り戻す”一番シンプルな方法だと、私は信じています。遠回りでもいい。正解なんてなくていい。 “自分で決める”という小さな勇気の積み重ねが、自分らしい人生をつくっていく。 > > スポーツメンタルコーチ上杉亮平
コラム著者